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「あら、珍しいわね、一人?」
薄暗い店内の奥、ぼんやりと明るく照らされるカウンター前の席に座っていた女性は庄助に気づくと嬉しそうに笑って迎えいれた。
「たまにはね」と表情を変えず、彼女の手前に座り水割りを頼んだ。
「今日はお店の子いないの。私だけだけど大丈夫?」
「ミヨちゃんだけの方が都合いいよ」
「あら、嬉しい」と無邪気に笑って彼女はカウンターの中に入り、お酒を準備した。店内の客はどうやら自分だけのようだ。
「はいどうぞ」と言って差し出された水割りに口をつける。冷たい喉越しが胸につっかえる何かに沁みる。
「最近はどう?みんなまだ庄ちゃんの店に入り浸ってるの?」
「3日前にケンカになってね、それからは来てないよ」
「あらあら、いい歳のおじさん達なのに可愛いとこあるのね」
いつもと変わらない、からかうような口調で微笑むミヨちゃん。その微笑みに俺達はどれだけ惑わされ、熱狂したことか。
あの頃が懐かしい。
「ミヨちゃん、天原がウチに来たよ」
静かに口を開いた庄助。その言葉を受け入れるようにミヨちゃんは薄く笑って「そう」と答えると、くるりと背中を向けて洗い物を始めた。
庄助はタバコを取り出し自分で火をつけると、深呼吸するように煙を吸い込んで吐き出した。勢いよく吐き出された煙はしばらくして、ゆらゆらと世界を漂ってから消えてゆく。それでも胸につっかえた何かはこびりついたまま自分から離れることはなかった。
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