秘密

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 雨が好きだ。特に休みの日が雨だといい。 まず音。なるべく大きな音がいい。周りの喧騒を全部消すぐらいの音がいい。しとしとなんかつまらない。ざあざあがいい。外の音がざあざあだけで、後は私の家から出る音だけ。ラジオかTVか私の鼻歌か、衣擦れの音か、あなたの甘ったれた声だけ。  それから視界。外を見てもできるだけ雨だけがいい。少なくとも人っ子一人いないのがいい。後は、ローテーブルに紅茶の入ったマグカップとチョコレートブラウニーか一口レモンタルト、それから紅茶に入るブランデーの小瓶。読み古した小説一冊とこれから読む小説一冊。それから、あなたの旋毛。  それから匂い。ちょっと据えた雨の匂い。コンクリートの濡れた匂い。ローテーブルに並んだお菓子の甘い匂い。古い文庫本の紙の匂い。それからあなたの匂い。整髪剤でも男性用コロンでもないあなたの匂い。  それから触感。冷たい窓。結露の水滴。甘いお菓子のちょっとのべたべた。マグカップから伝わる紅茶の温度。文庫本のざらざら。それからあなたの油っけのないぼさぼさの髪。  でも、絶対あなたには言わないの。だってあなたは雨が嫌い。だって、雨はあなたを叩きのめしてしまうから。やる気を根こそぎ持って行って、代わりに頭痛と憂鬱を持ってくる。雨はあなたの敵なのね。  雨は好き。雨はたくさんのことからあなたを私に返してくれるから。でも一生言えない。 「早く止むといいねえ」 私は嘘をつきながらぐったりしているあなたのつむじをそっと撫でる。  
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