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「違う。多分、落ち着いたんだ。舞い上がったり、慌てたり、そういうことがなくなって、真正面から君と向き合えるようになって。そうしたら、自分の中に愛だの恋だのと呼べる感情が、熱が消え去っていた」
隣の紗英ではなく、向かいにあるテレビに向かって話した。そんな僕の横顔を、彼女はどんな顔をして見ていたのだろう。睨むぐらいは、してくれたかもしれない。
付き合い始めた頃は、普通に愛せていたはずなんだ。その辺のカップルみたいに甘ったるい台詞を吐いてみたり、人目を気にせずにスキンシップを試みたり。
だけどそれがいつしか大人しくなって、気づいたら胸の中が空っぽになっていた。それからは何度口づけをしようと身体を重ねようと、気の抜けた炭酸飲料のような味わいしか感じられなくなった。
こんな状態で関係を続けるのは紗英の貴重な若い時間を浪費するだけに思えて、別れを決意したのだ。
「無理してたんだよ、あなたは。もともとガラじゃないのにバカップルみたいな真似したりして。あなたは、あなたらしく付き合ってくれればよかったのに」
「無理をしたいくらい、君は魅力的なんだ」
「うわ、鳥肌」
紗英はむき出しの二の腕をわざとらしく摩る。緩んだ頬が、とても懐かしく感じた。
そういえばさ、と彼女が脱衣所の方を指さす。
「あのドライヤーは、使ってるの?」
「いや、僕は前のを使ってる。あれは、ただ髪を乾かすには高性能すぎる」
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