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「――先程笑っていらしたのは、あなたですか」
平淡な声だった。静まり返った湖畔を想像してみると、丁度良いだろう。無機質と言う訳ではない、さりとてそこには熱も、冷もないように受け取れる、そんな声。
僕は努めて冷静に身体を起こした。
「そうだ。癪に障ったなら謝ろう。雨の日だからと言って、躊躇なく声を上げて済まなかった」
下手に出たのには理由がある。恐らく彼女は、他サークルからの刺客だ。斯様な美人を用いて、僕を苦しめる作戦だろう。前例がある故に慎重になっている。文芸部や邦楽部の連中は、自分たちの朗読や演奏を棚に上げて、僕の笑い声を許容しないのである。何と狭量な。
しかし彼女は、首を振った。
「そういうつもりでは。ああまで笑える程面白いものがあるのなら、見てみたいと思っただけです」
「あ、そうかね」
どうやら違ったらしい。
ここで“そんなに大したものじゃない”と追い返すことは造作もなく、実際その通りであった。ここは僕が僕の為に作ったもので、ここが存在しなければならない理由は何一つなく、今までにもそうやって若人の将来を守ったことがなくはなかった。
けれど今日ばかりは、どういう訳かその気にならなかった。
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