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黒ずんだアスファルト。遠くの街灯が淡く反射し、不気味に足元を照らしている。地を蹴る自分の足音が雨音と同化し、別の存在が背後にいるかのような怖さが追ってくる。
夕方。本来ならきれいな夕日が見える時間だが、突然の雨が街を覆った。少しずつ強くなる雨に多くの子連れの主婦たちがおしゃべりを止め、足早に去っていく。
それを傍目に、すごい勢いでかけていく影があった。その身に着けたカッターシャツとズボンは、元の色が分からないくらいに茶色く染まり、小さな体に重くのしかかっているように見える。体の前にはサッカーボール2つ分ほどのカバンを抱えており、傘は差していない。そのカバンも一部に土がついており、雨に濡れて泥と化している。顔には、カバンの泥だろうか、茶色い何かが跳ねてこびりついている。
それは少年だった。背丈でいえば大人といい勝負をするほど大きい。しかし雨に濡れた顔は、まだ世界の広さを知らないような幼さを残している。空を覆う分厚い雲がなければ、赤い陽に照らされて少年らしい快活さが見えたに違いない。その意味で、少年としか表現できない容貌だった。
そして少年には傘を差す余裕はなかった。
彼は、逃げていた。ただ、ひたすらに。
相手が誰かも、少年にはわかっていなかった。敵なのか、味方なのか。知っている人物か、知らない大人なのか。そもそも人間なのか。様々な疑念を押しのけ、頭には浮かんでいたのは、たった一つの感情だった。
恐怖。
純粋な恐れ。
それは、動物が自分以外の存在を、自分を害するものだと認識したときに生まれる、本能的な感覚。
それがいつから追ってきているのかさえ、少年にはわからなかった。正体も、理由も、今の状況にも納得がいかない。ただ、怖い、とだけは感じることができた。その感情をも頭から追い出すため、少年は必死に走った。
彼の走った後では、黒い波紋が街灯を揺らし、そして白さをかき消していた。
突然訪れた雲がもたらした雨の日。
そんな日には、何か良くないものがやってくる。そして街の端に住む子供が跡形もなく消えるという。この街では、そんな奇妙な噂がある。
少年の頭にその噂を冗談めかして話す同級生の声が反響したとき。
街から一人の命が失われた。
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