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[-3day]
その日。
人生最後の休日を終えた帰り道、倉橋朗は猫を拾った。
渋い態度を見せたところで意味は無い。
最後は結局こっちが折れる。
それがいつものお決まりなのだけれど、そんなことをもちろん絶対、倉橋朗が意識しているわけがない。毎回この手の一戦ごと、まるで決死の斬り合いに挑む侍が如きの緊張感で、じっとずっと僕を見る。
細っこい体。
ちんまい背。
結ばれた口、寄せた眉、訴える眼差し、どこを取っても頼りなく、不安になるほど儚げで、けれどその呼吸と来たら、ちっとも乱れていやしない。外面がどんなに繊細だろうと、奥の底の中心の芯の部分では、彼女がどんなに頑固者か。厄介で、骨太で、率直なのか。
そんなこと、今更の話だった。
「――今日、明日、明後日、面倒を見たとして。その先はどうするのか、考えてあるの?」
「あるもん」
即決過ぎて疑わしい。疑わしいが、その目が強いし、この手の嘘を吐く子じゃない。
もっと言うと、本当にやりたいことを、もっともらしい正論程度で簡単に折る子でもない。
「朗」
「……」
「負けました。その子、お迎えしよう」
電球が灯る。
ぎゅぎゅっと強張っていた表情がゆるむ。
「名前、どうする? そう長い付き合いにはならないし、いっそつけないでいたほうが、」
「ぺーすけ!」
体温を分けるように抱きしめていた黒い子猫を、満面の笑みで頭に乗せ、
「ありがときぃくん! よろしくねぺーすけ! うちはとってもにぎやかだから、もう絶対さみしくないよ!」
弾む足取りで歩き出す。
朝からの外出、これまでなんとなく行きそびれていた方々を巡る散歩ではしゃぎ倒し、家に着いたらご飯もお風呂もそっちのけで布団に倒れ込みそうなほど体力を使い切っていたはずなのに――さっきまで神妙面もどこへやら、今夜は興奮して眠れないんじゃないかってぐらい元気を取り戻している。
僕は帰りに寄ったセンターで買った荷物を持ち、彼女は予期せず増えた新しい同居人を連れて、弾む足取りで帰路を行く。
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