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「すみません。反対側から降ろします」
運転手へ料金を払いタクシーを降りた途端、キンと冷えた空気に包まれた。反対側のドアを開け、身動きひとつしない男へ話しかける。
「ナツ、おんぶするよ」
「ん……」
「……おっと」
泥酔しているナツは口の中でむにゃむにゃ言うと、割と素直に俺の背中に体重を預けた。ホッとしてゆっくり立ち上がり、「よっ」と、背中のナツを背負い直す。
「……んんっ……」
タクシーが走り去って行く。ナツの意識は完全に無くて、ちょっと休憩したら目を覚ますかも? なんてレベルじゃなかった。なのに酷く軽く感じる。
「ふぅ」
浴びるように酒を飲み、だれかれ構わず絡み、クダを巻き、濁った白目で睨むように俺を見たナツは、高校の頃のキラキラしていた彼とは余りに違っていた。
ナツ――白石夏生
高校時代、三年間同じサッカー部で喜びも悔しさも共有した大事な仲間だった。あの頃のナツは小麦色の肌で太陽の化身のように輝いてた。キャプテンは俺だったけど、チームの中心はナツであり、みんなを引っ張っていく精神的なリーダーでもあった。
緋砂ちゃん!
あの頃を振り返れば聞こえてくる、俺を呼ぶ音と、笑顔いっぱいの突き抜けるような気持ちのいい笑い声。
眩しいといつも感じていた。誰よりも心を許していた。
一生の友達だと信じてもいた。
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