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「ああ、今、毛布持ってくるよ」
リモコンを手に取りオートボタンを押すと、エアコンが大きく息を吐くように暖かい空気を送ってきた。
三分もしないうちに快適な室温になるだろう。
カウチの上で丸まっているナツはまだ靴を履いたままだ。そのままにしておいて二階へ上り、客室クローゼットから新品の毛布と掛け布団を取り出し、ついでに枕も掴んだ。一階へ戻り、ナツの靴を脱がせる。寝苦しいだろうから靴下も。
上着も……脱いだ方がいいよなぁ~。
「ナツ、ちょっとごめん。上着脱がせるよ?」
どうせ聞こえてないだろうが、一応断りを入れて右腕から袖を抜く。ジャケットはブカブカでタバコの匂いがした。ナツの腕は、男とは思えない程細くて柔らかかった。その感触に一瞬ドキッとしながらジャケットを引っ張ると、ポケットから折りたたみの薄い財布が落ちる。
中身を確認した。キャッシングの明細書と、一万円札が数枚。酔い潰れてしまったナツは、お金など払ってないけど。
「…………」
十年ぶりの同窓会は……苦い想いを残して終わった。
ジャケットを脱がせ、更に一回り小さくなったナツを見下ろす。あの頃は全身がしなやかな筋肉で包まれてた。高く飛び、誰よりも早く走るナツ。右足から繰り出される強烈なシュートやたくみなボールさばきをもう二度と見ることができないなんて。
小麦色だった肌は、まるで陶磁器のように白く色褪せ、酔いつぶれたのに頬には赤みすらない。細い鼻筋も、拗ねたように尖らせた唇も、長いまつげが縁取る黒目がちな瞳も、なにも変わってないはずなのに、受ける印象がまるで違ってしまっている。不摂生な生活をしているのだろう。少し痩けた頬が痛々しい。
忘れていた感傷が蘇る。
丸まる姿に胸がシクシクと痛んだ。
「…………」
すっかり落ちてしまった筋肉。その細さを隠すよう、布団と毛布を掛ける。頭を片手でそっと持ち上げ、首の下へ枕も捩じ込んだ。
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