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「奥さんの誕生日。たしかもうすぐだろ?」
「社長は従業員の家族構成どころか、誕生日まで把握してらっしゃる。恐れ入ります」
「あははは。全員は無理だよ? 頼りにしてる人間は大事にするのが当たり前だろ?」
「身に余るお言葉をいただき恐縮でございます」
「お世辞はいいから。会長婦人と同じタイプで岸の奥さんにも用意しておいてくれ。色は……薄いピンクがいいんじゃないか? まぁ、それは岸に任せるか」
「……いったいどうされたんですか?」
「ん? どうもしないよ。至って普通だ。まぁ、今日、明日の二日間の予定をキャンセルは申し訳ないとは思っているが……」
「社長はスケジュールを詰め過ぎる傾向にありますから、たまの息抜きはよろしいかと思います」
「スケジュールは詰め詰めなのが好きなんだよ」
「もう少しお体のことを……」
岸のお小言が始まってしまい、慌てて言葉を被せる。
「あ、花束! 渡す時は感謝の言葉を忘れるなよ?」
「かしこまりました」
「ついでに愛の言葉も添えたら最高だ」
「……かしこまりました」
「ふふ。じゃ、頼むよ」
電話を切りながら、書斎のドアの隙間に話し掛ける。
「おはよ。ナツ。起こしちゃったかい?」
「…………」
しばらくして、ドアがゆっくりと開いていく。不機嫌そうに眉間にシワを寄せたナツが、陰気臭く背中を丸めて突っ立ていた。
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