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「すっげえ。めちゃくっちゃ甘酒のにおいします!」
「ああ、うちで作る甘酒は、酒粕を使うからな」
「酒粕を使うどころじゃなくて、焼いて食べてましたよね、先生」
「うまいぞ? 特に鏡山の酒粕はいい。日本酒の残存量も程々で、焼きやすい」
鏡山酒造は川越の酒造だが、酒粕は流通量が少ない。
三枝は紗川に飲ませてもらうまで、くだんの甘酒を飲んだことがなかった。
「それはそうと、これは問題ですよ、先生。酒粕の香りが強すぎてコーヒーが負けそうです」
「そう思って試してみたかったんだ。森の音のブレンドだ」
「森の音?」
「伊奈にあるカフェだ。そこのオリジナルブレンドだな。店の名前通り、落ち着く味わいだぞ」
「いつの間に行くんですか、そういうところ」
「いつの間だな」
「全然面白くないです」
紗川は笑いながら抽出が進んで茶色のドームがつぶれ切ってしまう前に、ドリッパーを上げてしまった。
最後まで落とすと、好ましくない苦みが出てしまうらしい。
(たぶん、合うだろうな。この組み合わせ)
食べる前から、そんな予感がした。
ふと、三枝は小窓の外に視線をやった。
外には雪が積もっている。
「新年になってから二度目の雪ですね」
「……そうだな」
紗川はちらりと窓の外に視線を向け、静かに吐息をついた。
「これでは雨だれなど聞こえはしない」
「雨だれ、ですか?」
三枝の問いかけに紗川は答えず、カップにコーヒーを注ぎ入れた。
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