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「へえ……ノンアル? ああ、ピアノ弾くのに酔っぱらってたら弾けないもんね」
そういう理由ではないのだが、あえて訂正することもない。紗川は答えず、グラスを軽く持ち上げて乾杯の仕草をすると、一口飲んだ。
クランベリーのさわやかな味わいが広がった。これはチーズとあいそうだ。
「せっかくなんだから、お酒飲めばいいのに。酔っぱらって弾いたらすごいかもしれないじゃない?」
女は酔っているようだった。
壁側に座っているところを見ると、連れはいないのだろう。
相手にするかどうか迷っていると「さっきのピアノ、リンキンパークの曲でしょ」と言ってきた。 驚いて目を見張ると、女は悪戯っぽく目を細めた。
「あたし、好きなんだ。アルバムも全部持ってるし、コンサートも行ったよ。One More Lightだよね」
これは観念するほかない。
最初はごまかすつもりでいたが、素直にうなずいた。
「そうです。あの曲なら、わたし程度の素人でもアレンジしやすい。ラップが入ってくる曲は手に余りますが」
「あはは、たしかにね! ラップってどうやってピアノアレンジするんだろ」
「今流れているショパンの雨だれのように、低音で……素早く引いてみるのも手かもしれませんが、指がつりそうです」
トリルのように素早く指を動かしてテーブルをトトトトンと叩くと女は笑った。ひととおり笑ったあと、ふいに寂し気に「そういえばさ……」とつぶやいた。
「ボーカル、死んじゃったんだよね。たしか。なんで自殺なんてしちゃうかな」
バンドのメインボーカルが自殺してしまったため、彼らの音楽はもう生まれることはない。
その横顔は寂しげに見えた。
「才能に恵まれて、みんなに認められて、お金もあって……何が不満だったんだろうね。奥さんも子供もいてさ、足りないものなんかないじゃない」
「さあ……ただ、あの曲の韻を踏んでいるフレーズは好きですね」
「たくさんの光の中の一つが消えても誰も気にしないだろうけど、自分は覚えているよってところ?」
「日本語に訳すと、韻を踏めないのですが」
「そうねー。でもそんなの嘘だよね」
「嘘?」
「だって、あのボーカルはその他大勢の光の一つじゃないもん。ビッグな光でしょ? それこそ、太陽みたいな……」
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