87人が本棚に入れています
本棚に追加
「太陽も離れてみれば小さな光になります。それよりも、名もない近くの星の方が、強く光って見えることもあるでしょう」
女は紗川の顔をしげしげと眺めてから、嬉しそうに微笑んだ。
「ねえねえ、わたしも同じの欲しくなっちゃった」
「同じだと、ノンアルコールですが」
「お酒入りがいいなあ……でもそうするとマンハッタンになる?」
「女王が嫌だというのでしたら、キャロルと言うものがあります。ベースをウイスキーからブランデーに変えただけで、見た目はほとんど変わりません」
「じゃあ、それ」
紗川は苦笑するとキャロルを注文した。外見が同じになるよう、中にチェリーを入れるように追加で指示を出す。
「頼んでくれてありがとう。ねえ、内緒にしてくれるならお礼にいいこと教えてあげる」
「何をです?」
「表の車の話、さっきしてたでしょ、店長と。持ち主、誰か教えてあげようか」
「ご存じなのですか?」
女はにっこりと笑って、自分を指さした。
紗川は内心眉を潜めたが、表情には出さずに「S2000?」とだけ答えた。
「車種、すぐわかるなんてすごいね」
持ち主に間違いなさそうだ。
酒をおごらせたのは、同類に引き込むためだったのかもしれない。
(やれやれ。これはうまく誘導する必要がありそうだ)
帰りは代行を呼び、繰り返さないように釘を刺さねばならない。
少なくとも、この店に乗り付けられるのは困る。
顧客の満足度を保ちつつ、間違いを正していくのは至難の業だ。
店長がカクテルを作りながら、心配そうにこちらを見ている。
紗川はそのまま作業と続けるように視線で促すと、隣の女性に向けて微笑みかけた。
最初のコメントを投稿しよう!