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声の主は待ち合わせの相手だった。高校からの付き合いで、木崎英司と言う。
「英司、どうした?」
『仕事で遅れてる』
「日を改めるか?」
『んー、いや、大丈夫。遅れてるけど、行けそうだから』
「そうか。なら先に行って場所を確保しておく。混むからな」
『助かるよ。明日は久しぶりの休みだから、しっかり遊んでおきたいんだよねぇ』
相変わらずだと苦笑いしてしまった。精神を張り詰めすぎてしまうと、突然休みを与えられても神経が切り替わらなくなることがある。
脳と体を効率よく働かせるためには、適度に休息をとらなければならない。
「何連勤してるんだ?」
『えっと……13連勤? かな? ウチには16日くらい帰れてないけど』
「おい、公務員。なんでそんなに働いてるんだ」
『酷いよねぇ、帰れって怒られちゃったよ。俺の行き場のない正義の心はどうすればいい? 悲し過ぎるから、ゾンビな俺も飛び起きそうな美味しいやつ、おごって?』
「ゾンビ?」
『そう、生ける屍な俺が可哀そう! だから何か美味しいもの~』
「遅刻するくせに何言ってるんだ」
『バイト君には奢るくせにぃ』
「うらやましいなら、君もウチでアルバイトをするか?」
『いや、無理。公務員、アルバイト禁止だから』
「そこだけいきなり素になるな」
『きゃー、ひど~い、キヨアキがいじめる~』
「今度は女子高校生の真似か? やめておけ、可愛げが皆無だ」
『不勉強だなぁ、キヨアキ。今時の女子高生はこんな口調じゃないよ』
軽い口調ではあるが、長い付き合いだ。疲労を隠していることくらいすぐにわかる。
紗川はため息をついた。
「くだらないこと言ってないで、さっさと仕事を終わらせろ」
『急いで終わらせようとしてるんだけどね』
「終わらないようなら来るな。キツイなら家に帰って寝ろ。体力に余裕があれば来い」
『分かってるよ。じゃあ、よろしく』
短く返事をして、通話を終了する。
紗川は長い前髪をうるさそうにかきあげると、目的地に向かった。
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