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何の偶然だろうか、あるいは彼女の気まぐれだろうか。
誇り高き淑女は、俺から振る舞いが見える位置に座った。
キリマンジャロを一口飲むと、目を静かに閉じ、味覚に全意識を集中させているようだ。
やがて目を開いた彼女は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……上品な味わいね、ふふ。雑然としたこの街に、これほどのコーヒーを出すお店があるなんて、私が幸運であることを感謝しなくては」
いささかの不快感をも感じさせない声。
彼女からすれば独り言なのだろうが、聞いていた俺にとっては、心が洗われる。
どうか近くで語らいたい、そう思っていると――
「あら、先程から私を見ておられるお方。コーヒーの染みか何かが、私の服に付いてしまっているのでしょうか?」
(!?)
全く予期していなかった、彼女からの声。
店内には、俺と彼女の二人しかいない。
そしてマスターをちらりと窺ってみるが、黙々と食器を拭いている。
間違いない。俺への声だ。
「もしもし、眠っておられるのですか?」
「すみません。貴女に見とれてしまって」
「あら、染みか何かを気にされたのではなくて?」
「とんでもありません! ただ、思わず視線が貴女を……」
必死になって説明する俺。
「ふふっ」
けれど彼女は、俺の説明の途中で笑い始めた。
「面白いですわね、貴方。幸いなことに、店内の客は私達二人のみ。語り合う時間を、共有しませんこと?」
その言葉に、俺は戸惑うしかなかった。
「……」
カツカツという律動的な靴音が響いたかと思ったら、マスターが「CLOSED」の看板を持っていた。
に、逃げられない……!
俺は覚悟を決めて、こう答えた。
「ええ、お願いします!」
その言葉に、彼女は相変わらず優しげな笑みを浮かべていた。
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