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孤独なる者は孤独なる者に魅了される
「ふう、相変わらずうまいな」
都会の喧騒から離れた、隠れ家のようなカフェにて。
俺は特製のブレンドコーヒーを一口飲むと、カップを置いて本を手にした。
「さて、続きを読むか」
この読書に、大した目的は無い。せいぜい、手持ち無沙汰を紛らわせる程度だ。
静かにして高貴な時間に、しばし意識を傾けた。
「ああ、まだこんな時間か」
入店から一時間後。
まだ半分残っているコーヒーを飲み、香りや味を楽しむ。
(すっかり冷めちまったが……それでも、いい味だ)
至高の感覚は、しかし突如として鳴った鈴の音にかき消されてしまった。
「いらっしゃいませ」
マスターの声を脇に、俺は入り口であるドアを見つめる。
俺の時間を遮った張本人は、一目見ただけで息を呑む美しさに包まれた女性だった。
(帽子を被ったその顔と長い黒髪、拝見させてもらった。年は俺と同じ23~24くらいか。けれど、洗練された身のこなし。そしてこの店に「一人で」来た事実。おそらく一見様だろうが、入店に躊躇が無い以上、胆力もある。おまけに滑らかな動き、相当高い品性の……おっと、いかんいかん)
俺の欠点。それは、つい他人を分析してしまうことだ。
だが、欠点を自覚し、自重しようとしてもなお、彼女の美しさに魅了され続けた。
「マスター。キリマンジャロ・ブレンドを」
(!)
店内に心地よく響いたソプラノの声。
それは、俺を惚れさせる最後のきっかけだった。
「かしこまりました」
いつものマスターの愛想よい返事は、うっすらとさえも聞こえなかった。
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