夜の間に

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彼は信じられないほど美しい子供だった。初めて会った時、5歳違いの兄弟子である私の前についた三つ指を微かに震わせながら、健気に頭を下げたのを今でもはっきりと覚えている。 最初の数年は、確かに私は兄弟子であった。 あっという間に頭角を現した彼は大役を任せられるようになり、気が付くと一門の頂点に上り詰めていた。 「先生、本日もお稽古つけていただきありがとうございます」 彼よりも深々と、そして長く頭を下げる事にも、もう慣れた。 稽古中、彼は一切私に触れない。肘の位置、顔の角度を扇子で直すか、自分で舞って見せるだけ。口をきく事すら殆どない。馬鹿にされたものだ。 でも、そんな彼が私の前だけで見せる一面がある。
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