Excelから始まる恋もある～VLOOKUP編～

『佐伯マネージャー、企画書の確認をお願い致します』
『マネージャー！先程はフォロー有難うございました。お陰様でプレゼン、上手く通りそうです』
『佐伯マネージャー、明後日までに押印をお願いしていた書類、もう確認して頂いたんですね！有難うございます』

……はぁ。

マネージャー、マネージャー……。

女子トイレのパウダールームで、自分の顔を見つめた佐伯智子は、眉間の皺を人差し指で伸ばしながら深く溜め息をついた。

マネージャーなんて、私には未だ荷が重すぎるのよ。大体私はこれまで、人に指示されて力を発揮できたタイプなのに、何で急に私が…。年上も沢山いるっていうのに、未だ卵の殻をようやく破った様な、三十を超えたばかりの私が…。

「なんで皆の責任まで追わなければならないのよー！！！」

肩で息を吐いた智子は、ポーチから紅いルージュを取り出し、唇に沿って丁寧に塗った。この少し大人びたルージュを塗る事で、自分自身にスイッチを入れる事が出来る。

前髪を指先で整え、鏡に向けて一度微笑みかける。最近は特に、見るに堪えない疲れた笑顔。

「っしゃー、今日も残業万歳！」

両頬を二度叩いた智子が、女子トイレから出ると、向かい側の男子トイレから出て来た、入社４年目の榊原陽介と鉢合わせになった。