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「最近暑くて眠れなくてさ、睡眠不足なんだよね」
「ふぅん」
岩瀬の睡眠事情にはこれっぽっちも興味がわかなかったので、特に話題を広げる気はなかった。適当に相槌すると、岩瀬は、また目だけが笑っていない笑顔を私に向けた。
「なに?」
私は彼の作り物の笑顔を睨みつけた。しばらくして、岩瀬は口を開いた。
「……早川が羨ましいな」
ぼそりと岩瀬は言った。それまで意思を感じられなかった彼の目に、微かな変化が見られた。
「え?」
思わず聞き返す。
すると岩瀬はまたいつも通りの、作ったような偽物の笑顔を浮かべていた。
そして、私の顔を覗くように体を屈めると、岩瀬は言った。
「ねぇ、もうどうせ遅刻だしさ、二人で学校さぼらない?」
ほんの一瞬思考が止まったが、咄嗟に私は答えた。
「やだ」
すると突然、岩瀬は口元を押さえて吹き出した。
「は?」
目の前で、岩瀬はおかしそうに肩を揺らして笑っていた。一体岩瀬はどうしてしまったんだろう?いつも教室で見る作り物のような笑顔ではなかった。……こんな岩瀬の顔は初めて見た。思わず、その顔をまじまじと見つめてしまった。前かがみになって笑っていた岩瀬は、私を上目遣いに見上げた。
「ホント早川は……羨ましいよ」
「は?喧嘩売ってる?」
睨みつけると、岩瀬は「ごめん」と呟いた。そして、ふぅと息を吐くと岩瀬は急に真面目な顔をした。岩瀬の大きな瞳がまっすぐに私を見つめていた。
「な、なに?」
岩瀬のその顔を見て私はどうしていいかわからず、思わず後ずさりした。岩瀬は一度目を伏せてから、再び私を真っ直ぐ見て言った。
「ねぇ早川、俺を……」
キーンコーンカーンコーン。
岩瀬の言葉をかき消すようにチャイムが鳴り響いた。
校舎の奥のほうからは、椅子を引く音や、生徒の話し声が聞こえてくる。
「一時間目終わったよ」
私がそう言うと、岩瀬は何も言わず俯いた。岩瀬が瞬きすると、その長い睫毛が、微かに揺れた。
今日の岩瀬は、やっぱりどこかおかしい。
しばらくその様子を見ていると、岩瀬はゆっくりと顔を上げた。
その顔には、作り物のような笑顔が張り付いていた。
「そうだね、行こうか、教室」
岩瀬はそう言って歩きだした。私も彼の後を追った。
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