597人が本棚に入れています
本棚に追加
沈黙した電話を見下ろし、辰巳が溜息を吐く。その隣で、フレデリックは渡航のためのスケジュール調整にいそいそと取り掛かった。
電話をとり上げるその表情が、頗る楽しそうに見えた事は言うまでもない。まんまと辰巳になりきり、本宅の若い連中を騙すフレデリックを目の当たりにした辰巳だ。ともあれ、どうせこんな非常識な事がいつまでも続く筈はないと、常識外れな性格をした自分を棚上げしてたかを括っていた。
◇ ◆ ◇
かくして数日後。フレデリックの姿は小高い丘からニースの街並みとアンジュ湾を望むホテルの一室にあった。辰巳とともに。
フレデリックが定宿としているホテルは、それぞれの部屋が独立しているタイプで気を遣わずに済むのが二人とも気に入っている。
到着するなりこまごまと荷解きをはじめ、快適な居住空間を整えようと動き回ったのは当然のことながらフレデリックである。だがしかし、寝心地の良い寝台に横たわっておきながら辰巳の顔には些か複雑な表情が浮かんでいた。
理由はもちろん、二人の躰が相変わらず入れ替わったままだからだ。
「……俺がこき使われてるみてぇで腹立つな…」
ぼそりと呟かれた声にフレデリックが振り返る。その脳裏に浮かぶのは、空港をはじめとした移動時の諸々の事だ。
最初のコメントを投稿しよう!