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第四章 ソウキ
日曜日になって、おれは病室を訪れた。
母ちゃんは日に日に痩せていき、昔の写真とはまるで別人のようになっている。
「いらっしゃい、克洋」
「母ちゃん、今日は顔色がいいな」
「そう? もうすぐ退院かしらね」
母ちゃんはそう言って笑う。
本当は、そんなことあり得ない。
医者ですら、根本的な治療ができずに、延命を続けているだけだ。
いつ死ぬかわからないことを、母ちゃんもおれも知っている。
だからこうして、暇を見つけてはお見舞いに来るようにしていた。
「野球はどう?」
「最高だよ。おれ、絶対プロになるから」
「楽しみね」
だからそれまで見ていてくれ、と言いたいが、口から漏れるのは浅い呼吸だけだ。
その日も、日が暮れるまで病室にいて、おれは家へ帰ることになった。
うちは母子家庭だから、家へ帰っても誰もいない。
もうずっとそうだ。
病院を出て、駅へ向かう。
母ちゃんとはあと何度会えるだろう。
そんなことを考えながら、重い足を動かして歩いていると、ふと、知らない道にいることに気がついた。
静寂の広がる住宅街で、空はすでに暗くなっている。
ぼうっとしていて迷い込んだのか、と思って後ろを振り返った。
「うわっ!」
おれの背後には、黒いマントを羽織った何者かが立っていた。
背が高く、少なく見積もってもおれの二倍はある。
その何者かは、けむくじゃらの顔でおれを見下ろしていた。
髪の毛やヒゲと言うより、動物の顔に近い。
常識的には考えられないが、おれはそう感じた。
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