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第一章 新生活
人里離れた山奥に、狐たちの住む集落がある。
みんな、人間のように家を作り、果物や獲物をとって暮らしている。
私、北条世良はこの集落で暮らす若い狐のうちのなかのひとりだ。
うちの集落の規則で、十五になるまでに人に化ける術を覚えられた狐は、人間の社会へ出て行くことになっている。
しかしもちろん、みんなが覚えられるわけではない。
私には術を使う才能はなかったから、使えるようになるまで、地獄のような毎日を過ごした。
でも、そのおかげで、今では気を抜いても耳や尻尾が出てしまうことはなく、人間と変わらない容姿を保てるようになっていた。
「今日でここも卒業だねえ」
となりで私の顔を覗きこんでそう言う彼女は、遠坂葵。
葵ちゃんはここの長老の孫娘で、術がとても上手だ。
「葵ちゃんのおかげだよ」
「そんなことないよ。世良ががんばったから、術を使えるようになったんだ。あたしは関係ないよ」
今は長老の屋敷の中で、今年ここを出て行く若い狐たちが集められて、長老たちの会議が終わるのを待っていた。
その会議は、要するに、合否の決定を話し合う場だ。
お前は人間の中に出ていっても大丈夫だ、と太鼓判を押されるのを、私を含めた八人の若い狐が待っている。
みんなここを出たら、人間の高校に入学する決まりになっている。
全国妖怪協会から入学試験や書類の手引きをしてもらって、日本全国にあるいくつかの高校に、私たちは入学できるようになっている。
それから人間の子供と同じように、社会の仕組みを学んで、社会に出て行くのだ。
生存戦略の一環、と私たちは習ったけど、一環というよりは、適応しなければみんな滅びてしまうんじゃないかな。
だから、こうして技術を身につけて狐の集落を出て行くことは、この先生きて行くための最低限の条件になっているように感じる。
まあ、私にとってはそんなことどうだっていいのだ。
とにかくここを出なくては、私は私の目的を果たせない。
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