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伍代さんは、鳥が好きでも嫌いでもなかったが、息子の悠人(はると)くんに起きた「あること」をきっかけに、鶏肉も口にできないほど、嫌いになってしまったそうだ。
ある日、悠人くんがシャツの胸元と、頬に茶色いものをくっつけて帰ってきた。ふわりと甘辛い、砂糖と醤油を煮詰めたようなにおいがした。
「ウナギの蒲焼きみたいなにおいでした、お菓子とはちょっとかけ離れたにおいでしたから、よく覚えているんです」
そう付け加えながら、自分の鼻を指さしつつ、伍代さんは続けた。
悠人くんは、ランドセルを背負ったままだった。ということは、学校帰りに誰かの家に寄ったか、寄り道して買い食いでもしたのだろうと、伍代さんはそう思った。
もし前者なら、なにかお礼の品を持って行かなくてはいけないし、後者なら買い食いをしてはいけない、家でおやつを食べるようにと言い聞かせなくてはならない。
「悠人がそんなことしてきたのは、初めてだったので、焦りはしましたが厳しく問いただしてはいけないと深呼吸してから、訊くことにしました」
ランドセルを預かり、手を洗わせ、リビングにあるソファーで伍代さんが用意していたおやつの焼きドーナツを食べようとしていた悠人くんを、「ちょっと待って」と伍代さんは隣に座り、制した。
「ねえ悠人、ママに隠していることない?」
優しく、ゆっくりと問うと悠人くんは目をぱちぱちとさせた。隠し事があるときの、悠人くんの癖だった。
「ほっぺと、シャツについている汚れはなあに?誰かになにか、ごちそうになったの?」
悠人くんは、こくこくと首を縦に振った。
「そう、じゃあ誰かにごちそうになったのね。お友達かな?」
悠人くんはまた、同じ仕草を繰り返した。入学式をはじめ、授業参観、運動会、いろいろなイベントで見かける、悠人くんと仲がよい同級生の顔を思い浮かべる。
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