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「ダンさん、なんて名前の同級生は知らないし、心当たりもありませんでした。あだ名みたいなものかしら、といろいろ考えてはみましたがどうしても、思い浮かばなかったんです」
それよりも、悠人くんが回復するほうが優先だと、ダンさんの件はやはり、保留にしようと決めた。
週明け、ようやく退院できた悠人くんは、まだふらふらしてはいるけれど伍代さんとタクシーに乗り、自宅へ帰った。
車窓で、いつも行く公園を見かけて悠人くんが「ダンさんがいる」と、つぶやき、窓に両手をぺたりと貼り付けた。
「どこにいるの?」
聞き逃さなかった伍代さんは、悠人くんの肩越しに、目をこらした。
ジャングルジムの、いちばん上の部分で骨組みであるパイプに腰掛け、道路側を見つめているものがいた。
「ダンさん、また鳥を捕まえているのかな。ああやって眺めるだけで、ダンさんのところに、鳥が落ちてくるんだ」
「そ、そう・・・・・・」
悠人くんは、「ダンさん、バイバイ」と手をふり、通り過ぎる公園を名残惜しそうに、眺めていた。
ダンさんが、かくかくとぎこちなく、身体を震わせたように見えた。
伍代さんには、「ダンさん」が、「誰か」というよりも「何か」という言葉であらわしたほうが、しっくりくる印象を受けたという。
「顔が大きくて、丸く縦長で、鳥よけに使う風船みたいでした」
「じゃあ、顔のパーツ・・・・・・たとえば鼻とか、口もなかったということですか?」
「ええ、外側が黄色、内側が赤、中心部は黒みたいな配色で、服装はマントというか、蓑をすっぽりかぶっているような、そんな感じでした」
「お面とかではない、ということですね?」
しつこく訊ねると、伍代さんは「はい」と答えた。
そして、「描いたほうが、わかりやすいと思いまして」と、バッグから財布を取り出し、レシートの切れ端に描いたものを、見せてくれた。
色分けされた、楕円形の頭部に、黒いマント。一つ目の蛇みたいに描かれた「ダンさん」は、顔になる部分に比べると、身体がはるかに細く、バランスが悪い。
失礼だとは思ったが、伍代さんの画力による問題かもしれないと確認したところ、「悠人の教科書やノートのすみにも、似た落書きがされてありました」と、答えがかえってきた。
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