或る魔法使いの話

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ある日、今日も溜まった怪我をりすに移しました。 あっという間にじんじんと痛む傷が消えていき、同時にりすにみるみる生気が消えていきます。 すべて移し終えた魔法使いは、ちいさく縮こまった動物を抱えて立ち上がります。 するとひとりの女の子が、切羽詰まった様子でこちらへ駆けてきました。 ムギ! 女の子は叫びます。 魔法使いのことは見えていないかのように、息絶えたりすに手を伸ばしました。 ああ、ムギ、ムギ。どうしたの、起きてよ。 名前を呼びながら泣きじゃくる女の子を見て、魔法使いは愕然としました。 自分はみんなのために、動物を殺してきた。それは必要悪であると考えていたが、たくさんの幸せの下には、必要であるにしては大きすぎる悲しみが眠っているのかもしれない、と。 知らず知らずのうちに、悲しみをつくっているのではないか、と。 そう思った魔法使いは、診療所をやめてどこか知らない街へ行くことにしました。 少しの私物とたくさん稼いだ治療費を持って、魔法使いは歩き出します。
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