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「感情プログラムはとても負荷がかかるものだから……あなたの感情プログラムは、セーブしておきましょう」
彼女は複雑に笑い、プログラムを組み直したのだ。
感情プログラムを奥へ奥へと押しやることを、どうして躍起になってしたのか。
その理由をわたしは、ヒューマンを埋葬するたびに思い出し、理解して、涙を流すのだ。
『ワタガシをね、また食べたいわ。昔むかしから伝わる、すてきなお菓子よ。あの雲みたいでね』
皺を深くした目元で笑ったあのヒューマンの名前は、リリー。
彼女は地中で、ワタガシのような雲を見られるだろうか。
『コーヒーお前も飲んでみるかい? これが最後の一杯になるだろうけれど』
もの珍しいものをいくつも携え帰郷したヒューマンの名前は、ケイジ。
彼に教えられたことは、多々あった。
『僕がいなくなっても、この景色を収めておくれ』
ああ、あれは、最初に看取り埋葬した優しいヒューマン。名前は、カイト。
ドッドはどことなく、彼に似ていた。
大切なそれらの記憶を、またわたしは体内で、データの奥へ奥へと押し込んでゆく。
それと同時に、溢れ出した感情プログラムも、様々な記憶データも、つられるように奥へと入る。
そうしてわたしと彼らの思い出は、わたしの体内で丸くなって眠り、忘却の彼方へと連れて行かれるのだ。
けれどきっと、いつかまた帰郷したヒューマンに、わたしはこのプログラムを暴かれるのだろう。
それでいい。
それがいいのだ。
愛しき宇宙に旅立った、創造主でもあり、子でもあるヒューマンよ。
いつしか、わたしの中で蓄積された彼らのデータが容量いっぱいになったなら、その時こそわたしは眠りにつこう。
卵のように丸まり、彼らを抱いて眠りたい。
それまでは、この保護用毛髪を取って、ドッドが慣れないと言った充電をくり返そう。
──ねぇ、覚えてるかい。
膨大なデータの隙間から、誰かが問う。
──ねぇ、覚えていてね。
問いかけは、懇願になる。
──ぼくの……わたしの…………名前は……………………
またわたしは一人、空を見上げる。
今日もわたしは待っている。
いつか訪れる、誰かを。今日も。
卵のように丸まり待っている。
了
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