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当時の言葉で言えば、奥蝦夷と口蝦夷の境、アイヌどうしが絶え間なく抗争を繰り広げていた、現在の北海道日高地方、様似川流域のある山中で、この物語は始まる。承応3年(西暦1654年)、大千軒岳の殉教より十五年の後のことである。松前藩の版図を遠くはなれ、役人が常駐することもない、当時のその地域は、欲と暴力のみが支配する、無法の天地であった。
綿布団を引き裂いたような雲がいくつも、速い速度で東へと流されていく。その隙間に広がる空の青さ、降り注ぐ光の強さは、冬の終わりの近いことを告げてる。
とはいえ山中はまだ十分に雪深い。久蔵は白い息を吐きながら、ミズナラの高い枝にまたがり、いつでも撃てるよう準備された火縄銃を手にしたまま、じっと気配を殺していた。熊穴を探して歩いている途中で、人の気配を感じたのだ。
久蔵は熊撃ちだった。マタギとは違う。そんな立派なものではない。ただ羆を殺して毛皮や熊の胆を売って酒や米に変える、それだけの暮らしをしている男だった。
もぐりの金堀りたちが山のふもとのほうに住み着いていることは知っていた。松前藩の目を逃れて、誰も知らない川筋で砂金を採る、たいがいは荒くれたならずものだ。人の気配はそれに違いなかった。アイヌなら、山を歩くのにこんなあからさまな気配を放ったりはしない。
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