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「そのつもり。でも……」
「でも?」
「いつか『ヒダネ』の消去に失敗してミステリーを発現させてしまうかもしれない。それはどこかで受け入れていて、そのときは私が責任を持ってその謎を解く。――名探偵として。だからこそ私は探している。いえ、探していた」
一之瀬さんがプールサイドで立ち上がる。
すると僕のほうへと体を向けて、その濁りのない両目をこちらに向けた。
波打つプールに陽光が反射して彼女の背景がやけに神々しい。僕は息を飲んだ。
「一之瀬さん?」
「有栖川君。あなたには好奇心がある。行動力もある。咄嗟の判断力だってある。そして何より、いい意味で平凡。多分、変人の部類に入る私にはバランス的にぴったり。だから――私のワトソンになってくれませんか?」
――それは僕にとっての夢物語だった。
決して目立たなくとも、名探偵として活躍するかもしれない一之瀬さんの助手となって、ミステリーの舞台で活躍するという。
でも平凡な僕なんかには絶対にありえないと思っていた。
なのに、その平凡さが僕の夢物語を具現化させてくれた。
一之瀬さんは僕がなかなか返事を返さないので、焦ったような表情を見せる。
今日だけでいくつ僕は彼女の表情を知ったのだろう。
返事を返したとき、僕は新たにまた知ることになるかもしれない。
それはおそらく僕が一番見たい彼女の感情表現のはずで――。
「とりあえず、『ヒダネ』の消去方法からちゃんと教えてほしいかな」
僕は答える。
「うんっ」
僕の気になる人の顔に花が咲いた。
了。
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