第1話「空中牢獄」

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 すぐに返事があって、失礼しますと断りの言葉を述べてから中に入る。淡い金の髪を腰まで伸ばした師は、机に向かってランタンの明かりを頼りに書き物をしていた。振り返ってスガレの姿を認めると、誰をも落ち着かせる低くて穏やかな声で言った。 「おはようございます、スガレ。もう朝ですか」 「アキツハ様! また、こんな時間まで起きていたのですか? ちゃんと寝なきゃ、体に障ります」  師は二十歳になったばかりの青年だが、スガレが見ても心配になるほど肌は白くて体も細い。額の真ん中で左右に分けた前髪は後ろと同じで腰まで伸ばしていて、血の気のない頬にかかると絹のようにしなやかで弱々しかった。網目状のスジが入った二対の透きとおった(はね)が背中で綺麗に折り畳まれ、薄暗闇にぼんやりと光っていた。  今日も、眼鏡をつけている。  スガレは師の片目を塞ぐ透明なレンズを見て、胸に棘がちくっと刺さったような気持ちになった。少年がここに連れてこられたとき、師はそのレンズを持ってすらいなかった。日に日に、眼鏡を着用している時間が長くなっていく。肉体と共に、視力が弱まっている証拠だった。  突然咳込み始めたアキツハに慌てて駆け寄り、背中をさすった。カップに水を満たして渡すと、ゆっくりと喉が動いて飲み下されていくのがわかる。喉の軟骨が上下する命の躍動を見て、スガレは少し安心して息を吐いた。     
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