第1話「空中牢獄」

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第1話「空中牢獄」

 幼い頃、世界は広く、深刻で、とても重要なものに見えた。  それは未来が、あらゆる可能性に満ちていたからだろう。  十二歳の少年スガレは、薄暗い部屋でベッドから体を起こした。  夜が明けていないわけではない。この部屋は日中でも同じ暗さだ。足元に置かれた水時計の鉢を覗きこむと、底の穴から少しずつ受け皿に零れ落ちて、起きるべき時刻の目盛りちょうどまで減っていた。  麻の着物を頭からかぶる。布靴を履いて部屋の外に出る。小さなテーブルと台所が備えつけられたダイニングがあり、少年の部屋と真向かいにあたる位置にもう一つ木製の扉がはめられている。  (かめ)から昨日もらったばかりの新しい水をくみ、手ぬぐいを浸して顔を拭いた。ついでにがしがしと音を立てて頭皮も濡らす。短く切られた真っ白の髪は見た目に似合わず硬くて、毎朝これをしなければすぐあちこちに跳ねてしまう。だらしなくしていると、師に叱られる。  もう一度水をくむと、次は陶器製の水差しに移す。カップと並べて質素なトレーに乗せ、スガレは向かいの扉を音が響かないようにノックした。     
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