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「うわぁ!」
俺は反射的に飛び退き、その影の正体を見つめた。普段は出さない大きな声が出て、自分でもびっくりする。
なんだ? これは……蜘蛛か。
虫など好きではない俺はコイツの名前など知らないが、日本によくいる類いの種だと思う。三センチくらいの体長でちょこまかと足を動かし、ヤツは空中を闊歩していた。
視力がいいことを羨ましがられることは多いけれど、こういう時ばかりは自分の眼を恨む。黒い物体が浮いているくらいに見えたらこんなに意識を奪われることもなかったのだろう。
俺の眼はヤツの八本の足を動きを詳細に捉え……ってコイツ、足が七本しかないじゃないか。
お前も何かと苦労してるんだな、などと勝手な決めつけで少しのシンパシーを覚える。ヤツは空中をふわふわと泳ぐように動いているが、実際は目まぐるしい速さで七本の足を忙しなく曲げ伸ばししていた。俺はヤツの動きを目で追いつつ、自分には決して触れないよう一定の距離を保った。虫に触れたくなどない。
ふとヤツが急降下してきて、俺の肩元に迫る。俺は咄嗟にドア側に避けたが、ヤツはいまエレベーターの中央の空間を支配していた。身動きがとれない……と思った瞬間、エレベーターのドアが開いた。
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