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届け先の相手
チャイムを押して社名を名乗ると、程なく扉が開いて、女の人が顔を覗かせた。
昨今、強盗や性犯罪目的の偽宅配業者が増え続けているため、女の人が一人の時に荷物を受け取りに出てくれることは少ない。でもこの人は、いつもにこにこ戸口に現れて対応してくれる。
居留守を使って、確実に業者と判ってから再配送を頼む人も多いので、一度で荷物を受け取ってくれるだけでこちらとしてはありがたい。
でも今日は何となく様子が変だ。
じっと俺の顔を見てくる。
この家には何度も荷物を届けているから、ある意味、顔見知りといえば顔見知りだが、あくまで荷物の受取人と宅配業者。それ以上でも以下でもない。
「あの…何か?」
自分で気づかない落ち度でもあったのだろうか。そんな不安が意識をよぎり、訪ねると、女の人は左右に首を振った。
「違う。あなたじゃなかったわ」
いきなりの発言にさらに戸惑う俺に、相手は構わず先を続ける。
「宅配業者の服を着ていた。でもあなたじゃない。あなたはいつも荷物を届けてくれる人だから間違えたりしない。…そう。私を殺したのはあなたじゃなかった」
それだけ告げて女の人は俺の前から消え失せた。
後のことはよく覚えてないけれど、俺はその部屋から転げ出て、配送のトラックに乗り込み、どうにか社まで戻ったようだ。
俺の動転ぶりを周りが案じ、何があったのか聞いてくる。それに体験の総てを伝えると、周りは半信半疑ながらも一緒にあの家へ行ってくれた。そこで俺は同僚と共に、あの女の人の遺体を見つけた。
警察でも同じことを喋ったが、もちろん信じてはもらえなかった。むしろ犯人扱いされかけたけれど、幸い、割り出された死亡時刻には俺には完璧なアリバイがあり、程なく真犯人も見つかって俺の疑いは綺麗に晴れた。
でも俺は、この事件に関して社の人間にまで若干疑われたことを抜きにしても、一週間たらずで配送の仕事をやめた。
幽霊に荷物を届けるなんて経験をしたら、誰だってもうこの仕事は続けられないだろうよ。
届け先の相手…完
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