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やだなあ
「いやだなあ」
緋鳥結衣は玄関先でへたり込んだ。頭が鉛のように重い。足がパンパンに膨らんで筋肉痛がする。倉庫内軽作業なんて体のいい重労働だ。おまけに徹夜だというのに時給は昼間と10円しか変わらない。体臭が服につく前にお風呂に入らなくちゃいけないけど、そんなのどうでもいい。
緊急にやるべき事があるのだ。くしゃくしゃのトートバッグからスマホを取り出す。
汗まみれの指で検索キーワードを打ち込んだ。
結衣の脳内では悪魔の呪文が渦巻いている。
倉庫の壁時計が午前六時を回ろうとするころ、リーダーが全員を招集した。そして、「テレビやニュースサイトで知っている人もいるだろうけど」と前置きしたうえで、怖ろしい事実を告げた。
「パート、アルバイトなど非正規労働者も独身税の対象になります」
反応はイマイチだった。「は?」とか「え~~?」とか不満の声が二、三あがったが、殆どのメンバーは「なにそれおいしいの?」と言いたげだった。
そこでリーダーはタトゥーを入れたメンバーにも分かるように噛み砕いた。
「ケッコンしていない人は毎月だいたい2万円ぐらい税金で持っていかれます。国が子供のいる家庭に養育費を支給するためです」
すると蜂の巣をつついたような騒ぎが起きた。
と、思いきや、ほぼ全員が喜んだ。たった一人をのぞいて、だ。
「いいっすよ。俺、相手がいますから。お金、国から貰えるんっすよね?」
「あたしも結婚しちゃおうっと♪」
「えーっ、ぽよぽよも結婚っちゃうの?」
「いいなー。あたしもなんだぁ?」
「ダブル披露宴しよっか?」
「俺も混ぜてくれよ~」
「合同結婚式?」
「それって、バリバリあかん奴やん!」
「「「あははははは」」」
あちこちから聞こえる祝福の声。
リア充爆発しろと結衣は思った。
そして、気づかれないように職場を離れると、一目散に逃げかえった。
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