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あの、蜘蛛の物語を思い出していた。悲恋のようだったが、本当のところ、どうだったのだろう。
出会えて、幸せだったのではないだろうか。もう二度と、会えなくても。彼女の幸せを願えるだけで、救われたのではないだろうか。
思い出の中の、あの笑顔だけで生きていけると、そう思ったのではないだろうか。
山田は、自分の着ている浴衣を見た。舞う花びらと、お揃いの色だ。
「ピンクってどうなのって言ったけど、なかなかいいじゃない」
桜の雨の中を、一人歩いていく。
願わくばどうか、大きな怪我はしないで。病気もどうか、彼女を選ばないでやってほしい。できるだけ、彼女の人生を健やかなものに。彼女の名に似合う、小さな春のように。穏やかな幸せを。
そんなことを毎日祈りながら、静かに暮らしていきたい。終の棲家に選んだのは、そんなささやかな願いにふさわしい、穏やかな町だった。
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