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「『いつだ』って。一九八六年でしょ」
後藤がゲラゲラ笑うと、周りもつられてクスクスと笑う。
次々と取り出しては並べられていく冊子と装飾に使ったと思われるものたち。察するに、そこの棚に入りきらなくなったものをダンボールに詰めたのだろう。机の上には黄色、ピンク、水色と色褪せながらもカラフルな冊子が積み上げられていく。
「ん、なんだこれ?」
茅ヶ崎が手にした冊子は一際目を引いた。先程までのカラフルな色合いとは一変、それは真っ黒だった。真っ黒故に、タイトルも書いていない。開いてみると、それは台本のようだった。
「『ある村に、エリーゼという女性がいました。エリーゼはとても美しく、村中の男から求婚をされるほどでした。』……」
茅ヶ崎はそれだけ読むと黙ってしまった。たまらず土間が席を離れ、茅ヶ崎と後藤の間から顔を出してその台本を見た。席に座ったままの部員たちには何もわからない。しかし、土間が「……これいいんじゃね?」と呟いたことにより、待ち兼ねていた掘り出し物であることを確認した。
「うん、内容は悲劇だけど……悲劇なら安寿と厨子王やってるしね」
「え、どんな話なんですか?」
真山が聞く。それに茅ヶ崎がページをめくりめくり、考えながら答える。
「えっと、ある村に美しい女性がいて……その女性が王子との縁談を断って死刑になって…………好きな男と死ぬ話?」
わかるような、わからないような。赤坂は数秒頭の中をフル回転させて、もやもやの正体にたどり着いた。死刑になってから好きな男と死ぬまでの流れがわからない。好きな男とやらに関しては、さっき茅ヶ崎が読んだ冒頭でも影がなかった。どこから出てきたんだろう?
「ちょっと、私が一回読んでみるよ!」
後藤が茅ヶ崎から台本をひったくる。そして、一人何役もこなす半ば小馬鹿にした芝居を混ぜながら、台本を読んだ。そこから、赤坂は詳細まで理解した。
ある村に、エリーゼというとても美しい女性がいた。エリーゼは多数の男から求婚され、ついには王子にも見初められる。しかし、その縁談も断った。
実は、エリーゼはスラム街に住むジンという男が好きであった。また、ジンもエリーゼに惹かれていた。
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