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「……笹原」
やってくるだろうと覚悟した衝撃の代わりに、ぬくもりに包まれる。フローリングの上。気が付けば、笹原に覆いかぶさるようにして倒れこんでいた。
「ごめーん」
支えられなかった、とへらりとすぐ間近で華やかな顔が笑う。
「いや……」
どちらかと言えば、原因は自分にあるような気がする。大本の原因は笹原かもしれないが。
「大丈夫か?」
そこまで大きな音はしなかったけれど、にわかに不安になって、問いを付け足す。答える代わりに、笹原の瞳がふっと微笑む。その色がぼやけて、眼鏡がずり落ちかけていることに気が付いた。悠生が直そうとするより先に伸びてきた器用な指先が、するりと抜き取っていく。
「っ、おい!」
焦った声を歯牙にもかけず、笹原は抜き取った眼鏡をすぐには届かないところまで滑らせた。取り返そうとした手を笹原の指が握る。そのぬくもりに、隠しようがなく心臓が跳ねる。
「やっぱり」
だから、それがなにを指しているのか、一瞬、分からなかった。もう片方の手が頬に触れる。
「なんで顔を隠すのかなぁって、ずっと思ってたんだ。悠生って、すごくきれいな顔してるよね」
「……え?」
「こんなにきれいなのに、勿体ないなぁ、って」
ドクン、と変なふうに胸が騒めく。聞き流せ。なんでもない。昔からままあったことだ。聞き流せ。半ば祈るように、悠生は自身に言い聞かせていた。何度も似たようなことは言われただろう。もっと悪意を持った、それで。
「初めてベランダで悠生と喋ったときにさ、ちょっとびっくりしたんだ。大学で見たときと印象がぜんぜん違ったから」
あの夜。初めて、笹原と長く話した、夜。あのとき、自分は眼鏡をしていなかった。
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