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「面倒くせぇ……」
スマートフォンに届いたメールを一読して、悠生は思わず独り言ちた。かけたままだった眼鏡を外す。転がっていたベッドから起き上がって、煙草の箱と百円ライターを手にベランダに出た。洗濯ものを干すスペースがあるだけの狭い空間だが、近くに高い建物がないおかげで、綺麗に星が見える。
田舎の度合いで言えば、悠生の地元よりもこちらの方が都会だが、駅前から少し離れてしまえば、夜は静かだ。手摺に肘を付いて、煙草に火を点ける。溜息と共に吐き出した紫煙は、ゆっくりと夜に溶けていった。
――アルファルド。
赤い二等星の名称が、息をするように頭に浮かぶ。うみへび座の心臓だ。八十八ある星座の中で一番大きな星座。肉眼ではっきりと見える星はアルファルドだけだけれど、全体像をイメージして目を凝らせば徐々に星が姿を現し、点と点を繋ぎ出す。
その星の一つ一つを数えていくうちに、ささくれ立っていた心が少しずつ凪いでいく。その感覚に身を任せて、悠生は一度眼を閉じた。一呼吸おいて、眼を開ける。視界を覆い尽くす前髪を後ろに撫でつけて見上げれば、世界が星空で埋め尽くされた。
細く煙を夜空に逃がしながら考える。面倒だけれど、仕方がない。つい先ほど届いたばかりのメールの文面を思い返す。送り主は母親だった。
やれ、真面目に大学に通っているか。やれ、食生活はきちんとしているか。昔はここまで過保護じゃなかったのに。そう思うと募るものはあるが、それもまた今更だ。電話が鳴るよりかは遥かにマシ。言い聞かせて納得させる。
煙草を銜えたまま、うみへびの頭から順に星を数える。ギリシャ神話によれば、うみへび座は水蛇の怪物だ。頭が九つあったと言うヒドラ。どれほど眺めても、頭が九つもあるようには捉えられないけれど。
取り留めもないことを考えていると、隣の部屋の窓が開く音がした。悠生の部屋は三階建てアパートの最上階の角部屋だ。隣の部屋は一つしかない。吸うペースを心持ち速めて、紫煙を吐く。
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