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「まだいいだろ。ぜんぜん、釣りたりねえよ。それとも、やっちゃん。ビビってんの? あいかわらず、おくびょうだなぁ」
からかわれると腹が立った。
それに、たしかに、まだ満足できない。もう少し釣っていたいという気はした。
すわりなおして、釣り糸をたらす。
日はみるみる落ちていき、あたりが薄闇に包まれる。
気の早いフクロウが、ホウ、ホウと鳴き始める。
チリチリと虫の声もした。
そのなかで滝つぼの水音が一番激しいのだが、なぜか、康雄は近くに人の気配を感じた。というのも、耳元で、フウフウ、フウフウと、息づかいが聞こえるのだ。
ふりむいてみても誰もいない。
気のせいかと思い、また水面に視線をもどすのだが、しばらくすると、フウフウ、フウフウ、荒い呼吸の音がする。
ザワザワと風も出てくるし、闇はどんどん濃くなるし、康雄は、どうにもガマンならなくなった。
「おい。くにちゃん。帰ろう。おまえが帰らないんなら、おれは一人でも帰る」
立ちあがって釣り竿を片づけ始めたときに、ようやく、康雄は気がついた。
フウフウ言ってるのは、邦彦だ。
暗がりのなかに白目が浮かびあがり、じっと前を見ながら、フウフウ、ハアハア、息をついている。
「おい、くにちゃん! どうしたんだ? ぐあいが悪いのか?」
康雄が肩をつかんでゆすっても、邦彦は前を凝視したまま動かない。
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