入ってはいけない場所

4/5
前へ
/5ページ
次へ
何かあるのかと思い、邦彦の視線のさきをたどっても、ただ暗い滝つぼがあるだけだ。 なんだかわからないが、ただごとじゃない。 康雄は自分のぶんと、邦彦のぶんの釣り具を片づけると、邦彦の手をひっぱって、どうにか立たせようとした。 「くにちゃん。帰ろう。ここにいちゃダメだ」 すると、とつぜん、邦彦は康雄の手をふりきり、ニッと笑った。ニタァと歯を見せる顔つきが、どうも正気じゃない。 「おい。邦彦。どうしたんだよ? 大丈夫か?」 問いかけるものの、康雄の声はふるえていた。 どうにも、いつもの邦彦とは思えない。 別人のようだ。 邦彦はケラケラ笑いながら、クーラーボックスにとびついた。そして、そのなかを泳ぐ鮎を両手でつかまえると、生きたまま、頭からかじりだした。 あたりに血がとびちった。 なまぐさい匂いが、むせかえるように充満した。 康雄は腰をぬかした。 足がワナワナふるえて、はうこともできない。 バリバリ。ガリガリーー みるみる十匹あまりの鮎を食べつくした邦彦が、康雄を見た。口元は真っ赤で、ギラギラ目が光り、野獣のようだ。 何事か、ブツブツ言っている。 康雄が耳をすますと、それは、こう聞こえた。 「足りない。まだ、足りない……」 赤く光る目で、康雄をにらむ。 こいつ、おれを食う気だーーそう思ったとたん、足が動いた。 康雄は悲鳴をあげて逃げだした。     
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加