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それから私は部活が終わると旧校舎に通った。
秘子はいつも私を待っていてくれた。
秘子と話している時間は心地良く、いつまでも一緒にいたいと思った。
そんな時である。
秘子が私の家に行きたいと言い出した。
「うちに面白いものなんてありませんよ」
「あら、そんな事はないわ。だって貴女がいるじゃない」
秘子はそう言ってくすくすと笑った。
私はわざとらしくため息を吐いた。
「仕方がありませんね。いいですよ」
「本当?嬉しい!」
秘子は花が咲いたような笑顔になった。
正直な所、私は彼女の笑顔に弱い。
「じゃあ今から行きますか?」
「勿論行くわ!」
こうして、私は秘子を連れて家に帰ることになった。
秘子は小さな子どもの様にはしゃいでいた。
電車に乗る時も目をキラキラと輝かせて、どんなお家かしら、ペットは飼っているの?と質問をしてきた。
秘子は他の人には見えておらず、私が独り言を喋っているように見えただろう。
私は顔を真っ赤にしながらなるべく小さな声で話した。
ところが、電車を降りて後は歩くだけになると、秘子は押し黙ってしまった。
無表情で俯き、私の後ろをついて歩く姿がとても小さく見え、私は思わず彼女の手を取った。
「秘子さん、大丈夫?どこか具合でも悪いんですか?」
「大丈夫よ…そう、大丈夫…」
彼女はそう言ったが、私には彼女が無理をしているように見えた。
「家に着いたら休憩しましょう。ほら、あの赤い屋根の家です」
そう言って私は秘子の手を引っ張った。
家の前では母が掃除をしていた。
「ただいま」
私が母に声をかけると、秘子は私の手を払った。
驚いて彼女を見ると、彼女は全身をガタガタを震わせていた。
「どうしたんですか??」
私は思わず大声を出していた。
その声に驚いた母が、首を傾げている。
「急に大声を上げてどうしたの?」
秘子は真っ直ぐに母を見つめていた。
両腕で肩を抱き、怯えているように私には見えた。
「良子…」
秘子はそう呟くと、その場から逃げるように走り去った。
私は彼女の後を追ったが、秘子は風のように速く、追いつくことは出来なかった。
彼女に一体何があったのかは解らない。
ただ、良子…母の名前を呼んだことは間違いなかった。
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