彼女

11/21
前へ
/21ページ
次へ
それから私は部活が終わると旧校舎に通った。 秘子はいつも私を待っていてくれた。 秘子と話している時間は心地良く、いつまでも一緒にいたいと思った。 そんな時である。 秘子が私の家に行きたいと言い出した。 「うちに面白いものなんてありませんよ」 「あら、そんな事はないわ。だって貴女がいるじゃない」 秘子はそう言ってくすくすと笑った。 私はわざとらしくため息を吐いた。 「仕方がありませんね。いいですよ」 「本当?嬉しい!」 秘子は花が咲いたような笑顔になった。 正直な所、私は彼女の笑顔に弱い。 「じゃあ今から行きますか?」 「勿論行くわ!」 こうして、私は秘子を連れて家に帰ることになった。 秘子は小さな子どもの様にはしゃいでいた。 電車に乗る時も目をキラキラと輝かせて、どんなお家かしら、ペットは飼っているの?と質問をしてきた。 秘子は他の人には見えておらず、私が独り言を喋っているように見えただろう。 私は顔を真っ赤にしながらなるべく小さな声で話した。 ところが、電車を降りて後は歩くだけになると、秘子は押し黙ってしまった。 無表情で俯き、私の後ろをついて歩く姿がとても小さく見え、私は思わず彼女の手を取った。 「秘子さん、大丈夫?どこか具合でも悪いんですか?」 「大丈夫よ…そう、大丈夫…」 彼女はそう言ったが、私には彼女が無理をしているように見えた。 「家に着いたら休憩しましょう。ほら、あの赤い屋根の家です」 そう言って私は秘子の手を引っ張った。 家の前では母が掃除をしていた。 「ただいま」 私が母に声をかけると、秘子は私の手を払った。 驚いて彼女を見ると、彼女は全身をガタガタを震わせていた。 「どうしたんですか??」 私は思わず大声を出していた。 その声に驚いた母が、首を傾げている。 「急に大声を上げてどうしたの?」 秘子は真っ直ぐに母を見つめていた。 両腕で肩を抱き、怯えているように私には見えた。 「良子…」 秘子はそう呟くと、その場から逃げるように走り去った。 私は彼女の後を追ったが、秘子は風のように速く、追いつくことは出来なかった。 彼女に一体何があったのかは解らない。 ただ、良子…母の名前を呼んだことは間違いなかった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加