彼女

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週末になり、部活の練習試合の日になった。 場所は相手の学校の道場だった。 いつもとは違う場所での試合に、私は少し緊張していた。 秘子とはあれから会っていなかった。 彼女に会ってどんな風に話せばいいか分からなかったからである。 何を話しても、きっと彼女は秘め事だと笑うのだろう。 私は真剣に秘子を助けたいし、誰かを殺させたりしたくない。 それをあんなはぐらかすなんて…。 私は意地になっていた。 私は頭を振って余計な事を考えないようにした。 試合に集中しよう。 胴着に着替え、面をつけると、試合が始まった。 私は気持ちを引き締めて座っていた。 最初の試合は私の先輩が勝ち、第二試合は相手が勝った。 そして第三試合、私の番が回ってきた。 練習試合とはいえ、私にとっては大事な一戦だ。 絶対に勝つ。 そう自分を奮い立たせた。 一礼をして前に出ると、竹刀を構えた。 号令の合図で試合が始まった。 相手の竹刀の動きに合わせてじわじわと前に出る。 その時、相手の竹刀が私の小手を狙ってきた。 咄嗟に竹刀を当てて躱すと、見つめあって動けなくなった。 次は何処を狙ってくるのか、私は隙を見せない様に竹刀をしっかり構え、相手の動きに集中した。 一瞬、相手の体勢が揺らいだように思えた。 その時。 「胴が空いているわ!」 聞き覚えのある声が響き、私は思い切って竹刀を振った。 「胴!」 私の放った一撃は右胴に命中した。 私はそのまま前に出た。 審判の旗が上がる。 一本取った、いける! 開始位置に戻るともう一度向かい合い、竹刀を構える。 今度はお互いに慎重に前に出ては後ずさりを繰り返した。 相手の竹刀の先が私の首元に伸びる。 それを受け流すと二本の竹刀はがっちりと重なった。 鍔迫り合いになり、そこからゆっくり退がると、再び膠着状態になった。 何とかもう一本…私は狙いを定めると思い切って竹刀を振った。 「面!」 私の一撃は相手の右面を確実に捉えた。 審判の旗が上がり、私は二本目を取った。 試合が終わり、竹刀を脇に構え、礼をした。 勝った。 私は勝利の喜びもそこそこに道場内を見回った。 さっきの声…あの声は…。 観客の間から手を振る彼女がいた。 満面の笑みで、秘子は此方を見ていた。
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