愛、散る【暁side】

50/53
4160人が本棚に入れています
本棚に追加
/421ページ
何故か夢の中の俺は焦っていた。 海に向かって足を進めていく沙耶に手を伸ばし、追いかけ続けている。 行くな、行くな、何度もそう言いながら。 『こっちに来ちゃダメ。私はクラゲになるんだよ。綺麗さっぱり消えるの。だから私のこと忘れてもいいよ』 小さな背中から聞こえたその言葉が何を意味していたのかなんて、この時の俺には分かるはずもない。 ただ、伸ばした手が届かない歯痒さと、もどかしさでいっぱいだった。 『ーーーアキ、バイバイ…』 遥か遠くの方から聞こえた声。 その瞬間、パチン。 微かに音がした。 必死に追いついて漸く届きそうになったとき、目の前の沙耶が水風船のように弾けたのだ。 ゆっくり、ゆっくり、水飛沫を上げて、 ゆっくり、ゆっくり、海に溶けていく。 静かな海にはもう何も見えなくて、波がゆらゆら揺れているだけ。 そんな不思議な夢だった。
/421ページ

最初のコメントを投稿しよう!