愛、葬る

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由希子さんが持ち前の明るさを取り戻してくれたことで、昇進祝いという名の飲み会は大成功に終わった。 「楽しかったわね。おかげで月曜日からも仕事頑張れそうよ」 「一緒に頑張りましょう。私達も出来る限りサポートします」 「心強いわ。ありがとう」 雑談を交えながらお店を出ると、吹き抜けたのは穏やかな春の風。 芽吹きの季節を歓迎するように活動し始めた植物達が仄かに香り、春の匂いを運んでくるのかもしれないけれど。 私の場合は、花や植物の香りというよりも鼻に触れる空気で春を感じることが多い。 小さな背中に、大きなランドセルを初めて背負った日のこと。 大学の新歓でお花見をして楽しかったこと。 初出勤の日、緊張しすぎて胃がキリキリ痛んだこと。 この季節、外に出ると必ず頭に浮かぶ春の日の思い出だ。 理由は不明だけど、視覚や聴覚と比べて嗅覚は記憶との結びつきが深いのだと何処かで聞いたことがあるから、理屈では説明出来ない何かがあるのだろう。
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