愛、揺れる

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チリン… 扉を開けると、静かで優しい鈴の音が店内に響く。 外の寒さが嘘のように店内は程良い温度に保たれていたからホッとした。 「いらっしゃーい」 薄明かりの店内で存在感を放つアクアリウム。 前回お店に入ったときは空っぽだったカウンターには、今日はグラスの手入れをする恭弥さんの姿がある。 鈴の音に反応して声を発した恭弥さんの視線はこちらに向けられることなく手元のグラスにのみ注がれていたけれど、 「恭弥さん、こんばんは」 「あれ?客なんて珍しいと思えば音ちゃんか」 ブルーライトに照らされたカウンターに歩み寄り、声を掛けるとすぐに顔を上げて私に気付いてくれた。 「この前はご迷惑をお掛けしてすみませんでした」 「ぜーんぜん。気にしなくていいよ」 マッシュヘアにした金色の髪の下からチラッと見えた恭弥さんの柔らかい笑顔。 それがこのお店の雰囲気と相まって癒される。 「それより、また来てくれたんだ?」 「はい。このお店素敵だから友達にも教えたくて」 隣に立つ菫にスッと手を向けると、菫は恭弥さんにペコッと頭を下げる。 「はじめまして。音羽の同僚兼友人の遠野 菫です」 「菫ちゃんね。俺は恭弥。よろしく」 そしてニッコニコの笑顔を振りまいて自己紹介を始めた。 普段はクールな菫だけど、初対面の人の前ではこんな風に受付嬢スイッチが入ってしまうのだ。 本人曰くこれは職業病だから治したいそうだけど… 与える印象は抜群なのだから何の問題も無いと思う。
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