庚申御遊(こうしんのおんあそび)

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 夕闇に惑い飛ぶ蝙蝠が、二人の目の前をいきなり掠めていった。 「また瞬いた、金星(きんぼし)の隣の星はなんだろう」 「さあ、星が昇るのが早いね、此の頃は」 宵の明星のすぐ右下に同じくらい明るい、冷たく澄んだ星があった。薄墨に沈んでいた五日の月も、みるみる冴えた光を取り戻す。 「つづみ星は未だかしら、今夜はほんとうに星がよく瞬くね、ねえさん」 姉は、小さくため息をついた。 「後生楽でいいよ、お前は。そんなことより、さあ、もう着いた」 二人はそれぞれに足許の土埃を払い、風除けに被ってきた真新しい菰を丸め、烏帽子と袖を直し合いかしこまる。 「白拍子、今朝露(けさつゆ)、参りはべる」 「白拍子、宵露(よいつゆ)、参りはべる」 よく通る高い声を門内にかけた。 このところ通いなれた御家人屋敷の裏門である。  今までも度々、二人は宴に呼ばれては来たが、夜引いての座敷に上るのはこれが初めてであった。鎌倉の御家人たちは都の貴人を真似ることに血眼だが、庚申御遊も最近とみに流行である。  六十日ごとにめぐり来る庚申の晩には人の体内の三匹の虫が這い出て、天帝にその素行を告げ口するという。従って、日ごろの行いに身の覚えのある者は夜通し起きて虫を見張る。集まって経を唱えたり、念仏したりするだけではもてあますので、飲み食いし、舞い謡い、すごろくなどをして、早い話が夜を徹して遊ぶのである。それでその弄(もてあそび)に、この頃お気に入りの白拍子の姉妹が呼びつけられた。  姉の今朝露は十五、妹の宵露は十二、後鳥羽上皇の愛妾、かの青墓の白拍子、亀菊の孫弟子に当たるというふれこみであったが、実際はもっと幼いだろう。舞の技量はともかくも、娘盛りのように化粧を施してみても、あどけない花、二輪である。  宴席には、屋敷の主の赤橋康時殿、その配下の御家人五名、読経と護摩を焚くために招かれた僧正と従僧3名である。僧正は先の得宗の甥に当たり、又、赤橋殿も北条殿の内戚で、二人は乳母兄弟であるという。  従僧たちは屋敷内の小さな阿弥陀の拝堂で護摩をたく準備に立ち上がったが、僧正は、じきに戻り宴席に加わった。四十がらみの偉丈夫で、眼は鋭いが暗く沈んで謹厳な様子である。対して当主の赤橋殿は白い顔に髭が青い小男で、女のような細い指先で神経質に顎をいじる癖がある。  
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