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「売り場に負担をかける仕事だと覚えておくんだ。それを忘れて横柄になると周りから嫌がられるようになる。そういう一部の無理が外商部の評判を下げて、僕のところに愚痴が回ってくるんだ」
「……誰かいるんですか、具体的に」
「それをここで言ったら陰口になるだろう。思う自由はあるが、僕は言わない主義なんでね」
軽く雑談をしているうちに顕子たちの順番が来た。顕子の分の親子丼と、枸橘の唐揚げ定食。どちらも熱々の出来立てで、湯気と一緒に立ち上る濃厚な出汁の香りが食欲をそそる。
食堂の座席は一番込み合う時間帯で、少々歩き回らないとちょうどいい空き場所が見つからない。若干暗がりになっている隅のほうにちょうどテーブルが空いており、顕子と枸橘はそこに向かい合って座った。
『いただきます』
偶然にも言葉が重なって、顕子と枸橘はお互いを見合った。普段ぶっきらぼうな枸橘の律儀な一面を見て、顕子は少々驚いた。
「羽佐間さんはそれ言う方なんですね。皆さん言ったり言わなかったりみたいですけど」
「僕は食べ物の有難みが身に染みてるんでね。上原くんも殊勝な心掛けだ」
「わたしもここにきてから意識するようにしてます。一応、食べ物の神様に仕える身ですから」
「そうか。なら冷めないうちにさっさと食べよう」
「ですね。あー、いいにおい」
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