8:Time to think

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 稲荷百貨店の食堂におけるおいしさの秘訣、それは何を差し置いても『出汁』である。肉の仕入れ先から骨や余剰部位も引き取って、長時間かけて煮込んで作ったスープを全ての料理に使っているからだ。  鶏ガラ、牛骨、豚骨、魚骨など、手の込んだラーメンと同じように、料理それぞれに適した配合で味を調整している。もちろん日替わりラーメンは一番人気だ。  顕子はさっそくほかほかの親子丼を口にする。半熟のかきたまによく利いた鰹だしが合わさって、ほんのり程度のしょうゆでもしっかり味がある。そして何より大きめに切った鶏肉は柔らかくて食べ応えがあり、たくさん吸った出汁つゆが噛む毎にじゅわっと溢れてくるのだ。  普段食が細い顕子でも、ここの料理であれば腹一杯になるまで平らげてしまえる。あっという間にどんぶりは空っぽになった。 「ふうぅ……ごちそうさま。ここで働いてるとすぐ太っちゃいそうです。そういえば羽佐間さんってすごくスタイルいいですよね、何か秘訣でも?」 「秘訣も何も、必要以上に食べないだけだ。少しの空腹程度で毎度食事を摂るから太るんだろう」  枸橘の方はかなりスローペースで食べているようで、まだ全体の半分も減っていない。少しずつ細かく口に入れており、唐揚げ、ご飯、味噌汁と丁寧に三角食べもしている。 「腹減り子犬じゃあるまいし、そうやって一気に食べるから贅肉になる。誰かに盗られる心配がないなら、もっと落ち着いて食べたらどうなんだ」 「そこまで言わなくても……」 「食糧が常に確保される有難みは自覚しておくべきだね。稲荷神の巫女である今の君の立場ならなおさらだ」 「……それはそうですけど」  枸橘がやけにきつい言い方をするので、顕子は少し気落ちする。ただ、あまり味わうことなく一気に掻き込んでしまったのはもったいなかったとも思う。  彼女があまり真剣にとっていないと見たのか、枸橘は一旦箸を置き、大真面目な顔をして顕子に向き直った。 「少し長い話をするが、いいか?」 「え、ええ。聞きます」  枸橘からの小言は何度も聞かされてきた顕子ではあるが、今回はどうやらそれとは違うものらしいというのは分かった。顕子の方も姿勢を正し、きちんと理解するように努める。
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