1:ひとりぼっちはやめた

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 こんなときでさえ、助けを求める叫びが出せない。自己嫌悪が重力への必死の抵抗を邪魔して、足首の引っ掛かりはあっさりと外れてしまった。  一瞬ぐっ、と地上が顕子の視界に迫る――だが、それ以上近づくことは無かった。  とても柔らかくて、力強い手が顕子の足首を掴んでいる。宙づりになった彼女にはその姿は見えないが、少しずつ、確実にベランダに引き戻していく。  やがて安全なところまで引き上げると、その腕は彼女をしっかりと抱き寄せ、膝の上で介抱する。 「大丈夫? しっかりして! 自分の命を投げ出したらだめじゃないの――」  頭に血が上ってもうろうとする中、優しい女性の声が顕子を心配している。ああ、自分は助かったのか。その安堵から、顕子はこらえきれなかった泣き声を幼子のようにあげる――直前、あることを目にして絶句した。  現実から遠ざかっていく意識が見せた幻かもしれない。しかし、あまりにも《現実的すぎるリアルさ》が、気のせいにはできない違和感を植え付けたのだ。  顕子を介抱する女性の顔が、あまりにも可愛すぎる白猫にしか見えなかったのだ。
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