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(いつものお隣さんだ。猫――なんてありえないし。見違えるなんてよっぽど参ってたのかな)
きっと下で見かけた自分の様子が心配になって追いかけてきたに違いない。先ほどまで煩わしいと思っていた近隣関係に、とりあえず今は感謝しよう。
そんなことを考えながら、顕子は自室の扉を開けた。
「すみません、ご迷惑をおかけして――」
そこまで言いかけて、扉の向こうで待っている人物の姿を見た瞬間。顕子は反射的にバタンとドアを閉めていた。
何か非現実的なものが見えたような気がする。頭が認識する前に体が勝手に反応してしまうほどのものが。
(……わたし、助かったよね。ちゃんと生きているよね?)
顕子は二度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。今度はゆっくりとドアを開ける。なんだか鶴の恩返しみたい、と思いながら、彼女はその隙間からリビングの様子を窺った。
白い猫、という形容はまず間違いないだろう。大福のようにまんまるで、きれいな白い毛に包まれている。頭の上には大きな三角耳があり、つんととがった鼻先からは長いひげ。大きな瞳は縦に細くなっている。
ここまでは、顕子の中の常識と照らし合わせて、『それ』が猫だろうということを理解できた。
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