6:Graceful Day

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 言ってみればこの地域の名士だ。その接客をする責任がどれだけ重大か顕子も承知している。 (こんな大事な場面で単純ミスするなんて……しっかりしろわたし!)  本来なら枸橘と同じように相手をイライラさせてもおかしくはない。一朗に最初のお情けをかけられたのがせめてもの救いだ。  とはいえ、ここで落ち込んでいる場合ではない。トランクの鍵を開けて、重く分厚い布袋を中から取り出す。お客様から代金を預かるという最も重要な仕事を任されているのだ。  顕子は一度しっかりと頭を下げて、袋の中にある一枚の紙を一朗に手渡す。 「すみません、お待たせいたしました。こちらが請求書です」 「ありがとう。見習いは失敗しながら覚えていくものだよ。その失敗をカバーできるのがいい師でもある。羽佐間さんも辛抱強く、ね」 「肝に銘じます」 「では、38万からお釣りをもらえるかな?」  一朗は懐から取り出した封筒を顕子に渡した。顕子は手順通り、お札を一枚ずつめくって数を確かめる。自分の月給の倍以上を一度に支払える余裕へのうらやましさ、その稼ぎの源は何かという疑問、そしてこれだけの大金を託されたという重み。数えている間に、顕子の中をいろいろな考えが巡る。 「確かに38万頂きました。4708円お返しします」     
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