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「それからもう一つ、参考程度でいいのですが、婚礼道具の代わりに家宝となるような宝飾や美術品を一点持たせる、という形もありまして、花梨様にぴったりの品をご用意いたしました。御覧になりますか?」
「君のお勧めなら悪いものはないだろう。是非とも」
一朗の方も、この手はもう知っているぞ、といった風に苦笑する。おそらくこれまでも何度もあったやり取りなのだろう。
顕子は宝飾用白手袋をはめて、トランクの中にある唯一の品を手に取った。手のひらサイズの黒いジュエリーケースを持ち上げるだけでも手のひらから冷や汗が出る。あの神器を手に取った時の方が、まだ落ち着いていた。「すごいもの」以外の事は何も分からなかったからだ。
しかし今度は違う。お客様に販売する『商材』として、価格から制作者、注目ポイントまでしっかり覚えたうえで取り扱うのだ。特に値段を意識すると余計に手が震えてしまう。ほんの少しでも傷がつけば、顕子の月収など吹き飛ぶほどの損失を百貨店に与えるのは確実だ。
顕子はことりとも音を立てないよう慎重に座卓へ置き、車中で何度も練習した文面で説明する。
「婚礼道具には財産分与としての一面もありますし、資産価値の安定する宝飾類にされる方も増えています。そこで、今回お持ちしたのは――」
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